自動運転普及がもたらす都市交通への影響調査
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867-1-1.自動運転の観点からみた倫理の概観 ここでは、以上で紹介したトロッコ問題を考える際の参考として、倫理で取り扱われている問題に就いて概観する。ここでの倫理学に関する記述は、小泉83)を参考とした。 (1)功利主義 功利主義とは、先に紹介した例で言うと、被害を最小化する考え方のことである。功利主義の主な提唱者は、ジェレミー・ベンサム(英国の哲学者、1748~1832)や、ベンサムの功利主義の理論をさらに発展させたジョン・スチュワート・ミル(英国の哲学者、1806~1873)が挙げられる。 功利の原理として、行為は、幸福を増す程度に比例して正しいとされ、幸福の逆を生む程度に比例して誤りであるとされている。 例えば、トロッコ問題において5人の作業員を救うために、転轍機を操作して1人を犠牲にする考え方が代表的であり、最大多数の最大幸福のためなら犠牲を厭わないとされる。現実社会においては、医療倫理においては功利主義が中心的な役割を担うことが多いと言われている。その実例としては、大規模災害時のトリアージが挙げられる。トリアージは、より多くの負傷者を助けるために優先的に治療し、少数の重篤な負傷者の優先度を下げる考え方である。 (2)義務論 義務論とは、道徳(義務)のためなら、幸福を考慮してはならないという考え方である。義務論の主な提唱者には、イマヌエル・カント(独の哲学者、1724~1804)が挙げられる。 5人の作業員を救うためには、転轍機を動かして犠牲にする1人がたとえ我が子であっても犠牲にするべきという考え方である。 (3)道徳の衝突 現実には、我が子のためなら転轍機を操作せず5人を犠牲にする人が多いのではないだろうか。このように、人は立場によって判断を変えることがしばしばある。これがトロッコ問題の難しいところであろう。Jean-Francois Bonnefonが指摘するように、客観的立場であれば功利主義が肯定されても、利害関係者になれば否定される場合がある。 現実社会においては、ケース・バイ・ケースで判断や基準を変えることは混乱を招くことに直結するため、何らかの基準を設けることが求められる。功利主義の中でも、幾つかの選択肢がある場合にどの選択肢を選ぶべきか(衝突)についての議論がなされている。功利主義における衝突の例を表 7-1に示す。 83) 小泉義之:ブックガイドシリーズ 基本の30冊 倫理学,人文書院,2010.

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