まちと交通 2000年10月 4号
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TTRI Letter No.4 8「役に立つ」コミュニティバスを生み出す方法名古屋大学大学院工学研究科地圏環境工学専攻 助手 加藤 博和 このところ、自治体主導のバスが東海地方でも雨後のタケノコのごとく運行を開始している。その多くは「コミュニティバス」を名乗っているが、この言葉には明確な定義が存在せず、そもそも「コミュニティバスはどうあるべきか?」「どうすればうまくいくか?」といった方法論自体、まだ暗中模索の状態である。コミュニティバスは各自治体による試行錯誤の「品評会」のごとき状況を呈しており、「試行」「実験」であることを明確に打ち出した運行も多い。 しかし、当然ながらこれはあくまでも過渡的な状態であって、今後は「とりあえずやってみた」「隣の自治体が始めたのでウチも」というような安直なコミュニティバスは財政的立場から淘汰され、有効に機能するもののみが生き残っていくという状況にならざるを得ないであろう。したがって、既に自治体バスを運行する自治体も、これから検討を始めようとしている自治体も、「とりあえずやってみる」という段階から「どのような形態が有効かについて考える」段階へと移行することが必要となってくる。 そこで本稿では、コミュニティバスや一般路線バスを「趣味的に」調査したり乗車してきた筆者の経験を踏まえながら、有効に機能するコミュニティバスを生み出すためにはどうすればよいかについて論じてみたい。時代に乗り遅れているのは路線バスでなく路線バス事業である そもそも、なぜ自治体がバスを運行しなければならなくなったのであろうか? 古典的な理由として、従来は民間事業者が運行してきた路線バスがモータリゼーション進展とともに採算的に成り立たなくなっている一方で、自前の交通手段を持たない交通弱者に対するシビルミニマムとして公共交通手段を維持する必要があることが挙げられる。いわゆる公共施設巡回バスや廃止代替バスはそのために運行されていると位置づけることができる。 モータリゼーション以前は主要な目的地が駅周辺に集まっていたため、バス路線も駅発着の放射状に設定すれば需要の大半をカバーでき、採算も確保できた。しかし、住宅のみならず公共施設や商業施設も郊外へ拡散しつつあり、鉄道の集客力自体も弱まっている現在、旧態依然の駅発着路線だけで需要を把握できないのは目に見えている。このように、都市構造の変化に対して、路線バスのネットワークは有効に対応できていない場合が多い。 さらに現在の乗合バス事業は、人件費率上昇や運行効率悪化による高コスト体質、バス事業の多くを掌握してきた民鉄グループの経営悪化、規制緩和による内部補助システムの崩壊もあって、危機的な状況にある。今や、乗合バス事業者を支えているのは、生活路線維持のために自治体が拠出する補助金である。しかし残念ながら、補助路線の多くは旧態依然とした路線・ダイヤ形態のままである。自治体は補助によって既往の路線が維持できればよいと考え、事業者は補助を受ければ経営的に安定するため、運行形態を改善するインセンティブが全く働かず、大多数の補助路線はジリ貧を続けるばかりである。 以上のことから、筆者は「時代に乗り遅れたのは交通機関としてのバスではなく、バス事業である」と考えている。遅ればせながら近年では、規制緩和が呼び水となって、都市部でのワンコインバスや小型バス導入といった、乗合バス事業者による新たな試みが多数始まっている。ただし、日本の既存バス事業者は(名古屋市交通局のような地方公営企業も含めて)採算性確保が基本的な存立条件であることに注意しなければならない。コミュニティバスは自治体の力量を試している 最近の路線バスでは、採算性の悪化と自動車利用可能者の増大によって、「採算的に成り立つ」領域と「シビルミニマムとして必要な」領域との間に、「シビルミニマム以上の存在意義があるものの採算的に成立しない」という領域が広がりつつある。例えば、ある程度の需要は存在するものの採算が確保できない既存路線はこれに該当するし、さらに進んで、公共施設・鉄道駅・中心市街地等へのアクセス確保のような住民サービス的な観点や、交通渋滞緩和や環境問題への対応といった社会的な観点から運行されるバスも当てはまる。 このような路線は、規制緩和後の路線バス事業者にとっては、ネットワーク形成による効果が期待できない限り、参入する魅力がない。そこで、既存路線への補助をやめ、自治体主導で大幅な既存路線見直しや新規路線設定を行ってコミュニティバスを展開する意義が生まれる。 ところが、実際にコミュニティバス運行を検討しようとなると大きな問題が生じる。それは、自治体の中に公共交通を担当する部署がなく、適当な人材もいないことである。実は、本来は自治体が行うべき地域公共交通の確保を、従来は既存事業者が許認可で守られることの引き替えに内部補助で行ってきたのであり、規制緩和はそこからの転換を迫る意味がある。したがって、規制緩和で自治体が慌てるのは当然であるとも言える。 また、自治体が企画・運営することによる制約も大きい。例えば、公共施設へのアクセスを目的とするべきであり、その他の例えば駅や商業施設へのアクセスは提供するべきでないという考え方や、既存事業者の運行路線を妨げる経路を設定しづらいこと、特定の地区のみならず全域を網羅するような路線設定を迫られること
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