まちと交通 1999年10月 2号
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はじめに 今日は限られた時間ですが、執筆者代表として、私の方から個人的な見解を含め、全体の背景や本の成り立ちについてご説明させて戴きたいと思います。 当初、(財)豊田都市交通研究所の研究からスタートし、トヨタ財団の助成や鹿島出版会のご協力を戴き、5年間を費やして参りました。最新の考え方をご紹介し、まとめたつもりですが、既に新しい展開が進んでいる事例もあると思います。また、本の表紙に随分勝手なタイトルをつけていると思われる方もいらっしゃるかもしれません。 「交通まちづくり」、「コミュニティからのアプローチ」というキーワード等を使っています。従来の交通計画とは違う言葉、いわゆる法定都市計画に対して、「まちづくり」という新しいアプローチの仕方が出てきました。それと同様に交通の分野でも、「交通まちづくり」という新しい考え方が十分に成立するのではないか、あるいはその方が基本的ではないかと考えたわけです。また、「思想」というのは多少おこがましく、現段階では「思想に向けて」の方が正確かもしれません。こうしたリスクがあるとしても、問題提起として「交通まちづくり」という言葉を用いたとご理解戴ければよいと思います。1.時代背景と 新しいアプローチの必要性【社会変革と社会状況の変化】 まず、この新しいアプローチが必要とされる時代背景が非常に重要であると思います。現在、21世紀に向けて、我が国の経済・社会は大変革を求められている状況、変革を進めざるを得ない状況にあります。厳しい財政制約の中で、社会的に必要な交通整備とは何か、それを誰がどのようなプロセスで決定し、誰が負担するかという問題は重要です。しかし、従来の仕組みでそれを解決することは非常に難しく、そこで何らかの改善が必要になっているということが基本的背景にあります。私たちの提案はその1つであり、やはり計画分野にも価値観の転換が必要でしょう。最近は、特に環境問題が重視されるようになり、各々限られた資源の中で、より持続可能な生活を求めるようになってきたと考えています。今後の都市計画、社会資本整備について考えますと、さらに高齢化や国際化という問題も重要になると思っています。【交通計画とまちづくり】 都市計画のプロパーの方々は、既に60年代から様々なまちづくりで経験されていらっしゃると思いますが、地域活性化や歴史的な町並みの保全運動、地方や村での参加型の地域づくり、そして70年代からの公害問題や防災上の観点も含めたまちづくりで様々な経験を経て、最近では協議型のまちづくりやパートナーシップという考え方、行政の計画許可や計画決定の権限を使いながら上手く協議し、連携、妥協の道を探るという新しい方法が進んでいます。このようなまちづくりの形が出てきた経緯は、今までの都市施設、ハード施策だけでは問題に対応できず、もっとソフト的なものを含めた社会的な要素を考慮しなければ、まちづくりが進まないという計画をめぐる周辺状況の変化があります。それは当然、参加する人々も従来の地権者や住民だけでなく、さらに幅広い市民を巻き込む形にしなければ、受け入れられないということです。それから、具体的な計画やプロセスもトップダウン的な要素だけでは持ちこたえらず、よりボトムアップ的なアプローチが必要になっています。このように都市計画から平仮名の「まちづくり」へ移行する中で、様々な変化が起こっているのです。交通でも、まさにそれと同様な状況が起こりつつあり、一つの大きな流れだと思います。 いずれにしても、最終的に法定都市計画や交通計画は、まちづくりをサポートするための制度フレームであり、それらをベースにまちづくりを進めるためには、どうしても市民の知恵や様々な参加が必要不可欠になっていくと思います。交通の面でも徐々に自分の周りの問題は、自分達で責任を持って解決せざるを得なくなっていくと思います。【建設・整備からマネジメントへ】 それから、交通では道路や鉄道等を造る時代から、出来上がった交通施設を如何に使うかを含めたマネジメントの時代に移りつつあります。その中で、様々な住民参加の契機がノット・イン・マイ・バックヤード、すなわちNIMBYismです。これは、アメリカの都市計画では1980年代から定着した言葉で、ゴミ処理場や騒音・排気ガスの原因である高速道路は社会的に必要な施設ではあるが、自分の家のすぐ裏庭(周辺)に建設されては困るということです。実はまちづくりでは、このように必要な社会資本を地域に受け入れて戴くためにどうすればよいかということに大変な苦労をされているのですが、海外ではそのような経験を踏まえた参加型の交通まちづくりが既に始まっていると言えます。 交通では、施設等のハード整備から最終的には市民、高齢者・障害者に対する安全な交通サービスを提供することが重要となります。それは、本来市民生活や社会・経済活動をより活発にするために交通サービスを提供するという意味です。交通自体は最終目的ではなく、本来の目的はむしろまちづくりそのものであり、それに向けて交通がサービスをする。そのあり方は物づくりからもう少し総合的にならざるを得ず、その方がより効率的であると理解しています。基調講演 「新たな交通まちづくりへ向けて」講師:東京大学教授 太田 勝敏講師:東京大学教授 太田 勝敏
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